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褐色脂肪細胞作製用培地の簡素化に成功
- ヒト多能性幹細胞から低添加物培地での褐色脂肪細胞の作製に成功 -

2019年5月22日

国立国際医療研究センター

国際科学誌『Cells』4月号掲載

 

(要旨)

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター【理事長 國土 典宏】(以下NCGMという)研究所 疾患制御研究部 幹細胞治療開発研究室 佐伯 久美子 室長は、血清代替物や合成サイトカイン※1などの添加物を除去した培地でヒト多能性幹細胞から褐色脂肪細胞(BA)※2を作製する技術を開発した。

BAは、寒冷環境や交感神経活動が亢進する状況において、細胞内に蓄えられた脂肪を燃焼して熱を産生する特殊な脂肪細胞である。「痩せる脂肪」としても知られ、肥満や代謝異常の予防・治療の開発に向けて注目されている。ヒト検体は入手困難であるため、ヒト胚性幹(ES)細胞やヒトiPS細胞などの多能性幹細胞から作製したBA(以下ヒトBAという)が創薬研究等に活用されている。すでに佐伯室長らは、ヒト多能性幹細胞のBA分化誘導技術を開発しているが(http://www.ri.ncgm.go.jp/research/pickup/2020121211.html)、血清代替物、合成サイトカイン、還元剤等などが添加された培地を用いていたことから、費用の問題に加え、医療応用に向けた残存添加物最小化の観点から改良が望まれていた。今回の技術改良により、培地中の添加物は大幅に削減された。この技術の詳細は、2019 年 4 月 24 日に Cells誌に発表された。

研究の背景

ヒト多能性幹細胞は再生医療における有用なツールである。様々な種類の細胞への分化誘導技術が開発されており、医療応用に向けた実効性が示されつつある。しかし、さらなる展開に向けて改良すべき点もある。一般に、ヒト多能性幹細胞の分化誘導に用いる培地には、血清代替物、多種類の合成サイトカイン、還元剤などが添加されているが、費用の問題、残存する合成サイトカインによる副反応(炎症等)に対する懸念から、近年では「低添加物培地」の開発が模索されている。

佐伯室長らは2012年にヒト多能性幹細胞からのBA作製技術を開発した。この方法では、ヒト多能性幹細胞から作製した細胞凝集体(スフェロイド)※3を、血清代替物・造血性サイトカイン・還元剤などが添加された分化培地で培養する。遺伝子導入操作を必要としない点でアドバンテージがあるが、今回、スフェロイド作製工程を改良することで、上記の添加物を除去した培地を用いて、従来法と同等の効率でBAを作製することが可能となった。

本研究の概要・意義

従来法では、ヒト多能性幹細胞を低吸着培養器でまとめて浮遊培養することでスフェロイドを作製していた。この方法では、作製したスフェロイドが、1)大小不同である、2)容器内で自由に動くためにしばしば融合する、という問題があった。このため、添加物を除去するとBA分化誘導効率は著減した。

改良法では、播種する細胞密度に依存して各コンパートメント内に大きさが揃ったスフェロイドが形成されるよう工夫された容器を用いて、BA分化誘導に最適となるスフェロイドの条件を求めた。結果、直径100 - 120 µmのスフェロイドとなるように播種する細胞の密度を調整すると(図1)、ヒト多能性幹細胞自身がBA分化誘導に必要な因子群を分泌するようになり、血清代替物や造血性サイトカインを始めとする添加物を用いなくても従来法と同等の効率でBAが作製されることが解った(図2)。また作製したBAをマウスに移植すると、交感神経刺激剤の投与に依存して移植部の皮膚温が上昇するのみならず(図3)、マウスを寒冷環境に置くと熱産生能が増強されたことから(図4)、生体と同等の品質のBAが作製されたことが示唆された。

本改良法により、添加物の調達にかかるコストが削減できるとともに、移植医療において問題となる残存添加物による副反応の懸念が少なくなり、ヒト多能性幹細胞由来BAを用いた創薬や移植医療に関する研究が加速されることが期待される。
図1


図2


図3

図4                         (図1~4はCells 8: 373, 2019より改変転載)

今後の展望

本改良法は、コスト削減や医療応用時の安全性担保に役立つだけでなく、ヒトBAを培養した際に得られる上清の夾雑物が少なくなることから、ヒトBAが産生する新規な生理活性分子の同定にも有用であると考えられる。BAはまだ発見されていない種々の生理活性分子を産生していることが想定されており、本技術をもとにそれらの同定を進めていくことを計画している。

用語の説明

  1. サイトカイン
    細胞(サイト)が分泌する生理活性作用を持つ低分子蛋白の総称。様々な細胞がサイトカインを産生するが、白血球(リンパ球、単球、マクロファージなど)から産生されるものが多い。
  2. 褐色脂肪細胞(BA)
    褐色脂肪細胞(Brown Adipose: BA)は、小型冬眠動物で最初に発見された熱産生能の高い特殊な脂肪細胞で、げっ歯類では肩甲骨間部など、ヒトでは頸部・腋窩・傍椎体部など、体内の特定の部位に分布する。細胞質には、多数の小さな脂肪滴(多胞性脂肪滴)と、クリステ構造の発達した大きなミトコンドリアが豊富に存在する。寒冷刺激や交感神経刺激により多胞性脂肪滴にある中性脂肪が分解され、さらにミトコンドリアでの脱共役呼吸により基質に蓄えられた化学エネルギーは熱エネルギーとして放出される。高い熱産生性から「痩せる脂肪」「燃える脂肪」などとも呼ばれ、肥満や糖代謝異常の治療開発に向けた標的として注目されている。
  3. スフェロイド
    浮遊状態にある幹細胞等が集まって形成する球状の凝集体。古くは多能性幹細胞が形成するスフェロイドは胚葉体とも呼ばれ、発生の初期段階にある胚(初期胚)を模したものと考えられていた。実際には初期胚を模したものではないが、スフェロイドを形成されることで多能性幹細胞の分化誘導は促進される。このため、ヒト多能性幹細胞の分化誘導に際しては、スフェロイドを作製するステップを採用しているものが多い。

発表雑誌

雑誌名:Cells 8: 373, 2019
論文名:Exogenous Cytokine-free Differentiation of Human Pluripotent Stem Cells into Classical Brown Adipocytes

参照URL

Cells ホームページ
https://www.mdpi.com/2073-4409/8/4/373/pdf

本件に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター研究所 疾患制御研究部
責任著者役職名 佐伯 久美子(さえき くみこ)幹細胞治療開発研究室室長
電話:03-3202-7181(内線2882)
FAX:03-3202-7364
E-mail:saeki@ri.ncgm.go.jp
〒162-8655 東京都新宿区戸山1-21-1

取材に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
広報係長:三山 剛史(みやま つよし)
電話:03-5273-5258(直通) <9:00~17:00>
E-mail:press@hosp.ncgm.go.jp

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