ホーム > トピック・関連情報 > プレスリリース > 血液をつくる幹細胞がストレスを受けて増殖する仕組みを発見

2016年6月23日

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター

米国科学誌『Cell Stem Cell』掲載予定

要旨

国立国際医療研究センター研究所の田久保圭誉プロジェクト長らの研究グループは、血液をつくる幹細胞(造血幹細胞)がストレスを受けたあとに増殖するためのメカニズムを見出しました。造血幹細胞は白血病などの治療で行われる骨髄移植に用いられる細胞で、放射線傷害や抗がん剤投与、重症感染症などのストレスで血液細胞が減少した際も造血幹細胞が増殖して不足した細胞を供給します。

これまで、骨髄移植時などのストレスがかかった際に幹細胞がどのような仕組みで増殖するかは不明でした。研究グループは網羅的な代謝物解析技術(メタボローム解析)を用いることで、増殖する造血幹細胞で活性化する分子メカニズムを見出し、関連する遺伝子を欠損したマウスを解析することでそのメカニズムが造血幹細胞の増殖に重要な役割を果たすことも実証しました。今回の発見は移植医療の向上や、抗がん剤による副作用軽減に寄与することが期待されます。

本研究成果は米国医学雑誌『Cell Stem Cell』に掲載されます。先行オンライン版は日本時間6月24日午前1時に掲載されます。

研究の背景

造血幹細胞(※1)は体の中の全ての血液細胞を作りだす細胞で、我々ヒトを含む陸上に住む哺乳類では骨の中にある骨髄に存在しています。通常は静止期(※2)にあるほとんど増殖しない細胞です。造血幹細胞は白血病などの治療で行われる骨髄移植に用いられます。ドナー(幹細胞供与者)の造血幹細胞をレシピエント(幹細胞授与者)に移植すると幹細胞は活発に増殖を開始して、血液細胞が再び作りだされることが知られています。また、放射線傷害や抗がん剤投与、重症感染症などのストレスで血液細胞が減少した際も、造血幹細胞やそこから作り出される中間段階の細胞(造血前駆細胞)が活発に増殖して不足した細胞を供給します。ところが、こうした移植などのストレスにさらされた造血幹細胞や前駆細胞(造血幹・前駆細胞)がどのように振る舞うかは不明でした。現在、ほぼ全てのがんに対し抗がん剤による治療が行われており、副作用である出血、貧血や重症感染症の機会も増えています。そのため、これらの治療を安全にきちんと遂行するためにも造血幹・前駆細胞のストレス反応に対する理解は重要であるといえます。

研究の概要と成果

研究グループは、マウスの造血幹細胞に骨髄移植のようなストレスを与えると、ストレス応答に重要な遺伝子ファミリーであるp38MAPKが活性化することを見出しました。そこで哺乳類で4つあるp38MAPKファミリーの遺伝子のうち、造血幹細胞で高く発現しているp38αに注目しました。p38αを全身で欠損させたマウスを使用して解析を行ったところ、p38αの欠損によって骨髄移植や抗がん剤投与といったストレス負荷後の血液細胞の回復が悪くなることが分かり、これらはp38αを欠損した造血幹細胞が正しく増殖できないことに起因していました。移植直後の正常造血幹細胞とp38α欠損造血幹細胞内の代謝物をメタボローム解析(※3)すると、プリン体(※4)合成経路の代謝物であるアラントイン(ヒトで尿酸に相当する代謝物)が著明に低下していました。プリン体は細胞増殖の際のDNAの複製に必須であるため、プリン体合成の低下の結果、細胞増殖が抑制されていることが十分に考えられました。実際、造血幹・前駆細胞が増殖する際にプリン体合成を抑制すると、ストレス後の細胞増殖や骨髄再生が抑制されました。これらの分子機構を明らかにするためにプリン体合成酵素の発現を評価したところ、プリン体の中のグアニンを合成するのに重要な酵素・イノシン1リン酸デヒドロゲナーゼ2(Impdh2)の発現が、ストレスにさらされたp38α欠損造血幹細胞で低下していました。すなわち、p38αはImpdh2の発現を上昇させることによりストレスにさらされた造血幹・前駆細胞の増殖を促進していると考えられました。これを支持するように、Impdh2をp38αが欠損した造血幹細胞に強制的に発現させると、移植後の血液細胞の増殖が回復しました。さらに、ストレスで活性化したp38αはMitfというタンパク質の活性化を通じてImpdh2の発現を上昇させることも明らかになりました。これらの知見は、ストレスがかかった造血幹細胞では、p38αを介したプリン体合成によって増殖が促進され、幹細胞が血液細胞を産生することが可能となることが示唆されました(下図)。

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研究の意義・今後の展望

これまで、ストレスにさらされた造血幹細胞を守り、血液細胞産生をサポートするためには、幹細胞を静止期にとどめておくことが大切であろうと想像されており、p38MAPKのようなストレス反応酵素を阻害することが幹細胞維持に重要とされています。一方、本研究は造血幹細胞がp38MAPKを介してストレスに応答してプリン代謝を活性化し、静止期から増殖期にタイミングよく移行することが重要であることを示しています。p38MAPKは幹細胞の加齢に伴う変化「ステムセルエイジング(※5)」を引き起こす悪役分子として報告されていますが、今回の結果からは短期的なストレスに対応するためにも必要な分子であることが明らかになりました。今後、加齢に伴って起こるステムセルエイジングと短期的なストレス応答のバランスをうまくとりながら、幹細胞を守る方法を見出すための研究が必要です。また、p38αの下流で働くMitfは、皮膚や毛髪のメラニン産生を維持する色素幹細胞を維持するために必要な遺伝子であることから、体内の幹細胞に共通な分子基盤の一つが明らかになったと考えられます。

一方、白血病や骨髄増殖性疾患などの疾患は、造血幹細胞に異常が起こり過剰に増殖する疾患です。これらの疾患における過剰増殖はストレス下での造血幹細胞の動態に非常に似ており、本研究がもたらした知見は血液悪性疾患の病態解明に貢献すると考えられます。

特記事項

本成果は以下の研究事業・研究助成によって得られました:
MEXT/JSPS 科研費(26115005, 15H04861, 16K15507, 26115001, 15K21751)、AMED-CREST、国際医療研究開発費(26-001)、日本白血病研究基金白血病研究費助成、東京生化学研究会研究助成、上原記念生命科学財団研究奨励金、日本リウマチ財団リウマチ性疾患調査・研究助成

発表雑誌

論文名(和訳): ”p38α activates purine metabolism to initiate hematopoietic stem/progenitor cell cycling in response to stress”
(p38αはプリン体代謝を活性化して、ストレスを受けた造血幹・前駆細胞の細胞増殖を開始する)

著者名:雁金 大樹, 小林 央, 森川 隆之, 大友 由佳子, 酒井 真志人, 永松 剛, 久保田 義顕, 合田 亘人, 松本 道弘, 西村 栄美, 曽我 朋義, 大津 欣也, 末松 誠, 岡本 真一郎, 須田 年生, 田久保 圭誉.
*本研究は慶應義塾大学、東京医科歯科大学、シンガポール国立大学、キングス・カレッジ・ロンドンらとの国際共同研究である。

掲載誌: Cell Stem Cell (セル・ステムセル)(http://www.cell.com/cell-stem-cell/)

掲載日: 米国東部標準時間6月23日正午(日本時間6月24日午前1時)に先行してオンライン版に掲載予定。

用語解説

  1. 造血幹細胞
    白血球・赤血球・血小板などの血液細胞のもとになる細胞をいう。哺乳類では出生後には主に骨の中・骨髄に存在する。血液細胞は一定の寿命を持っており、やがて死んでいくために新しい細胞が供給される必要がある。その供給源が造血幹細胞と、そこから分化して作り出される造血前駆細胞である。特に骨髄移植の際は、様々な血液細胞の中でも造血幹細胞だけが移植レシピエントの骨髄を再生できることが知られている。
  2. 静止期
    細胞が増殖する一連の段階の一つ。細胞増殖の際にはDNAが倍量に複製され、その後2つに分かれる。この一連のステップを細胞周期とよび、細胞周期の各ステップをDNA合成期(S期)・細胞分裂期(M期)などと呼ぶ。これに加えて細胞周期が不活性化された状態を静止期(G0期)と呼ぶ。すなわち、静止期にいる細胞は生きているが全く増殖しない状態である。ただしストレスなどにさらされると細胞周期に復帰して増殖する。ヒトも含む哺乳類成体の造血幹細胞は通常静止期にある。
  3. メタボローム解析
    細胞内の各種の代謝物を質量分析器で網羅的に定量する手法を指す。細胞の状態や働きを理解するためには細胞内にある核酸やタンパク質以外に数多く存在する代謝物を包括的に検討・理解することが重要であると考えられている。
  4. プリン体
    DNAの材料となる物質。遺伝情報であるDNAは、アデニン・グアニン・チミン・シトシンの4種類から構成されているが、このうちアデニン・グアニンはプリン体である。細胞増殖の際にDNAは複製されて倍量になるが、この際にDNAの原材料であるプリン体が必要になる。
  5. ステムセルエイジング
    幹細胞や、幹細胞をサポートする環境の加齢変化を指す。不老と考えられてきた幹細胞にも寿命があり、機能細胞の供給異常や分化の偏りをもたらし、臓器の機能低下や加齢関連疾患の発症に繋がることが明らかになりつつある。

本件に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター 研究所 生体恒常性プロジェクト
プロジェクト長 田久保 圭誉(たくぼ けいよ)
電話:03-3202-7181(内線2875) FAX:03-3202-7364
E-mail: ktakubo@ri.ncgm.go.jp / keiyot@gmail.com
〒162-8655 東京都新宿区戸山1-21-1

取材に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
広報係長:三山 剛史(みやま つよし)
電話:03-5273-5258(直通) <9:00~17:00>
E-mail:tmiyama@hosp.ncgm.go.jp

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