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糖尿病でのインスリン作用低下が筋肉の老化と全身の寿命に及ぼす影響を解明

2022年10月5日
東京大学
国立国際医療研究センター

1. 発表者:

植木 浩二郎(国立国際医療研究センター研究所 糖尿病研究センター センター長
       /東京大学大学院医学系研究科 分子糖尿病学 連携教授)
門脇 孝  (東京大学 名誉教授(現・国家公務員共済組合連合会虎の門病院 院長)
山内 敏正 (東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学
       /東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 教授)
笹子 敬洋 (東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 助教)

2. 発表のポイント :

3.発表概要

下等生物ではインスリン(注1)作用が低下すると寿命が延びますが、これが哺乳動物(特に筋肉)にも当てはまるかどうかは不明でした。

この度、国立国際医療研究センター研究所の植木浩二郎センター長、東京大学の門脇孝名誉教授(現・虎ノ門病院 院長)、山内敏正教授、笹子敬洋助教らの研究グループは、インスリンシグナルの鍵分子であるAkt(注2)を筋肉のみで欠損させ、インスリン作用を低下させたマウスを樹立・解析しました。その結果、このマウスでは全身の糖代謝が悪くなり、筋肉量の減少と運動機能の低下が見られたことから、高齢者にしばしば見られる糖尿病(注1)とサルコペニア(注3)を合併した病態のモデルになると考えられ、加えて骨粗鬆症を認め、更に衰弱死が増えて寿命が短縮していました。このようなAkt欠損マウスの表現型の殆どは、FoxO(注2)遺伝子の欠損によって改善しました。

このことから下等生物での定説とは逆に、哺乳動物の筋肉でインスリン作用が低下すると老化が進み、寿命の短縮にもつながることが分かり、また糖尿病でサルコペニアが多い理由として、FoxOの作用が重要なことも明らかになりました。AktやFoxOはサルコペニアやサルコペニアを合併した糖尿病の治療を考える上で、良い標的となることが期待されます。

本研究成果は、日本時間2022年10月5日に英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

4.発表内容

下等生物ではインスリン作用が低下すると寿命が延びますが、ヒトでのインスリン作用の低下は糖尿病につながるなど、哺乳動物におけるインスリンと老化との関連については、議論が続いていました。中でも筋肉の老化現象であるサルコペニアは、糖尿病で多いことが知られていますが、詳しい仕組みは明らかではありませんでした。

研究グループはまず野生型マウスでの解析から、加齢マウスの筋肉ではインスリン抵抗性(注1)が、インスリンシグナルの下流の鍵分子であるAktという酵素のレベルで引き起こされることを見出し、そのモデルとして筋肉のみでAktを欠損させたマウスを樹立しました。

この筋肉でのAkt欠損マウスは、生まれてしばらくは明らかな変化を示しませんが、加齢とともに全身のインスリン抵抗性と糖代謝の悪化に加え、速筋(注3)を中心とした筋量減少や筋力・持久力の低下を来たしました。その原因として、速筋線維の減少、糖取り込みの低下、解糖(注4)系の低下、ミトコンドリア(注4)の減少と形態異常、活性酸素消去系(注4)低下、オートファジー不全、老化の促進などが速筋で観察されました。これまでヒトのサルコペニアを再現した動物モデルはほとんど知られていませんでしたが、このマウスはその良いモデルになるものと考えられました。

更にこのマウスでは骨の形成が低下し、骨の老化現象である骨粗鬆症を来たしていました。加えて生存期間を追ったところ、筋肉でのAkt欠損マウスの寿命は対照マウスよりも短縮していました。1例ずつ死因を調べたところ、対照マウスの多くは腫瘍死であったのに対し、この欠損マウスの半数は衰弱死でした。筋肉における1つの酵素がないだけで、全身の老化が進み、死因まで影響を受けることは、興味深い現象と考えられました。

一般的に、カロリー制限がこのような老化を抑制するものと考えられていますが、筋肉でのAkt欠損マウスにカロリー制限を行なうと、生存期間は逆に更に短縮しました。日本人では痩せ型の糖尿病も少なくありませんが、そのような場合に極端な食事療法を行なうと逆効果である可能性が考えられました。一方で過栄養のモデルとして高脂肪食負荷を行なっても、やはり寿命は短縮しており、死因の多くは対照マウスと同様に腫瘍死でした。皮膚がん細胞を接種すると、筋肉でのAkt欠損マウスでより増大したことから、何らかの物質の分泌などを介して、筋肉が他の臓器での腫瘍増殖にも影響を及ぼすことが想定されます。

研究グループは更に、Aktの下流でどの経路が重要かを明らかにするため、FoxOとmTOR(注2)という分子に着目しました。FoxOはAktによって活性を抑えられるため、Aktがないと活性化してしまいます。そこで筋肉でAktに加えてFoxO遺伝子を欠損させたマウスを作製すると、サルコペニアや骨粗鬆症などの変化が殆ど見られませんでした。加えて寿命も対照マウスと同程度で、衰弱死の増加も認めませんでした。薬剤の投与でも同様の効果があるとより治療につながりやすくなることから、筋肉でのAkt欠損マウスにFoxO阻害薬を4週間投与したところ、速筋重量が部分的に増加することも分かりました。

一方mTORはAktによって活性化されるため、Aktがないと活性が低下してしまいます。そこで筋肉でAktが欠損し、かつmTORが活性化されるマウスを作製したところ、解糖系の遺伝子発現や筋力は改善していましたたが、速筋重量は減少したままでした。持久力の改善も部分的でしたが、これは活性酸素消去系が低下したまま、形態に異常のあるミトコンドリアの量だけが増えたからと考えられました。このマウスの寿命も、筋肉でのAkt欠損マウスより更に短縮していました。

このことからAktの下流で、FoxOとmTORの役割は一部重なることも分かりましたが、糖尿病でサルコペニアが多い理由としては、FoxOの活性化が重要である可能性が示されました。また加齢に伴うインスリン作用の低下を背景としたサルコペニアの治療を考える上では、FoxOの働きを抑えることが有効な戦略となるものと考えられました。一方でmTORを活性化しても筋肉量は増えず、またミトコンドリアの量と活性酸素消去系とのバランスが崩れて、質の悪いミトコンドリアのみが増えてしまうものと考えられました。本研究の成果は、高齢化に伴って増えているサルコペニアや、日本人に多いサルコペニアを合併した糖尿病に対する治療薬の創出につながると期待されます。

本研究は、文部科学省・科学技術振興調整費プロジェクト先端融合領域イノベーション創出拠点の形成プロジェクト「システム疾患生命科学による先端医療技術開発拠点」、文部科学省・科学研究費助成事業「骨格筋を中心とする臓器間ネットワークによる老化調節機構解明と画期的抗加齢療法開発(課題番号:15H05789)」「骨格筋のAktを中心とした老化制御機能の解明と治療法の開発(課題番号:20K08857)、東京医学会医学研究助成の支援により行われました。

5.発表雑誌:

6.問い合わせ先

7.用語解説:

注1)インスリン・インスリン抵抗性・糖尿病:
インスリンは膵β細胞から分泌されるホルモンで、筋肉では糖の取り込みや蛋白合成を促進し、筋肉量を増やす方向に働きますが、血液中のインスリン濃度が保たれているものの、インスリンシグナルが十分効かない状態をインスリン抵抗性と呼びます。インスリンの作用が低下し、血糖が高くなるなど様々な代謝異常を来たす疾患が糖尿病です。

注2) Akt・FoxO・mTOR:
インスリンのシグナルは、細胞内の様々な分子によって伝達されますが、その下流の鍵分子の1つがAktという分子で、インスリンによって活性化を受けます。Aktの更に下流の分子のうち、代表的なものがFoxOとmTORで、FoxOは蛋白分解などの作用がありますが、Aktによって活性が抑えられます。mTORは蛋白合成などの作用がありますが、Aktによって活性化を受けることが知られています。

注3)サルコペニア・速筋:
年齢が進むにつれて、筋肉の量が減って機能が低下する、筋肉の老化現象を指し、日本語では加齢性筋肉減弱症という訳があてられています。筋肉は一般に、解糖系が発達し、瞬発力に優れた速筋と、ミトコンドリアが発達し、持久力に優れた遅筋に分けられますが、サルコペニアでは主に速筋が減ると考えられています。

注4)解糖・ミトコンドリア・活性酸素消去:
細胞がエネルギーを取り出す仕組みには大きく2つあり、1つは糖を分解する解糖です。もう1つは糖以外の脂肪酸などを、酸素を使って燃やす方法で、ミトコンドリアという細胞内小器官がこれを行ないます。この方が解糖より効率がいいのですが、その過程でいわゆる活性酸素が発生するため、細胞にはそれを消去する仕組みも備わっています。

8.添付資料:

糖尿病でのインスリン作用低下が筋肉の老化と全身の寿命に及ぼす影響を解明

インスリンと老化の関連に関する仮説

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