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肺がんゲノムのフェージング解析を駆使した突然変異の染色体背景の解明

2022年6月21日
東京大学
国立がん研究センター
国立国際医療研究センター

1. 発表者:

坂本 祥駿(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻博士後期課程3年生)
岡  実穂(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻博士後期課程3年生:当時)
鈴木 絢子(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 准教授)
白石 友一(国立がん研究センター 研究所 ゲノム解析基盤開発分野 分野長)
河合 洋介(国立国際医療研究センター 研究所 ゲノム医科学プロジェクト 副プロジェクト長)
徳永 勝士(国立国際医療研究センター 研究所 ゲノム医科学プロジェクト プロジェクト長)
河野 隆志(国立がん研究センター 研究所 ゲノム生物学分野 分野長)
鈴木  穣(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 教授)

2. 発表のポイント :

3.発表概要

近年、がんのゲノム異常解析は、一塩基変異のような点突然変異に限らず、染色体規模で構造が変化する構造変異にも及んで進められています。 一方で、変異の染色体背景(注1)に関する解析は、まだ行われていないのが現状です。

今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授らのグループは、国立がん研究センターおよび国立国際医療研究センターとの共同研究により、ショートリードシークエンス技術とロングリードシークエンス技術(注2)を組み合わせて肺がんゲノムのフェージング解析(注3)を行いました。その結果、相同染色体のうち、一方の染色体に特異的に変異が蓄積している領域を見出しました。加えて、遺伝子発現データやDNAメチル化(注4)データを用いて、ゲノム変異を有する染色体背景を多階層にわたって明らかにしました。

今後、個々の患者さんのがん細胞の発生から進展様式までを追うことができるようになり、より個人の病態に焦点を当てた治療法の選択や新しい治療の開発が期待されます。

4.発表内容:

近年、シークエンス技術の発達により、がん細胞中の遺伝子全体(ゲノム)の解析が急速に進んでいます。一塩基変異のような点突然変異に加えて、染色体規模での構造変化を伴う構造変異に対する注目度が上がってきています。この背景には、従来法に比べて100倍以上も塩基配列を長く解析することができるナノポアシークエンサー(注5)の存在があります。塩基配列を長く解読することが可能になったことで、大規模な構造変化やその染色体背景を直接捉えることができるようになりました。

今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木譲教授らのグループは、国立がん研究センターとの共同研究により、構造変異を含む突然変異の蓄積様式とそれらが生じている染色体背景に関して明らかにするために、従来のショートリードシークエンサーとナノポアシークエンサーを活用したフェージング解析手法を実施しました(図1)。この新規の手法を用いれば、比較的大規模なゲノム異常とその染色体背景の特徴づけを直接的に行うことが可能です。実際に、鈴木教授らのグループでは、この新しい解析手法を肺がんゲノムの解析に用いました。その結果、これまでの解析手法では見出すのが困難であった、点突然変異から非常に複雑な構造変化を伴う変異を含むゲノムの異常とその染色体背景を明らかにしました。

例えば、遺伝子発現制御を担うゲノム領域に検出された点突然変異が、遺伝子発現に及ぼす影響をおのおのの染色体ごとに評価することができます。図2の例では、点突然変異が存在するハプロタイプ(注6)で遺伝子発現が亢進していました。また、この遺伝子周辺領域のDNAメチル化パターンも解析してみたところ、点突然変異が存在するハプロタイプではDNAが低メチル化状態になっており、もう一方の染色体では高メチル化状態になっている領域がありました。このような解析により、点突然変異と、遺伝子発現やその制御異常の関係性を染色体ごとに明らかにすることができると考えられます。

加えて、ハプロタイプ特異的な点突然変異と構造変異が密集して生じている領域を同定しました。これは、クロモスリプシス(chromothripsis、(注7)と呼ばれるDNAの異常に特徴がよく似ており、詳細の解析を行いました。この領域では、構造変異は複雑な構造をとっており、 chromothripsisに付随して起こると言われている点突然変異が多数生じていることが判明しました。また、変異が蓄積しているハプロタイプでは、他方に比べて、DNAが低メチル化状態になっていることが分かりました。加えて、その領域内にコードされている遺伝子の発現も調べてみたところ、点変異、構造変異が蓄積しているハプロタイプで遺伝子の発現が亢進していることが判明しました(図3)。これらは、がん特異的なゲノム変異と、遺伝子発現の総体であるトランスクリプトーム、それらの制御を担うエピゲノムの異常を統合して、ハプロタイプ別に解析した例として大変意義深いものです。

この他にも、同一リード上に載っている複数の点突然変異や構造変異を調べることで、その時系列を追うことも可能になっています。これらのことから、既知の知識と今回の手法で判明したような新たな知見を組み合わせることで、がん細胞のゲノム内の突然変異の発生・蓄積のメカニズムを追うことが可能であり、将来的には、個々の患者さんのがんの発症から進展様式までを追うことができるようになると考えられます。それにより、より個々の患者さんの病態に焦点を当てた治療戦略の選択や、新たな治療法の開発にもつながると考えています。

本研究は、日本医薬研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)(JP21cm0106582, 21cm0106577)、文部科学省科学研究費助成事業(20H00545, 21J13203, 16H06279)の支援のもとに行われました。


5.発表雑誌:


6.お問い合わせ先



7.用語解説:

(注1)変異の染色体背景解析:
ヒトは母親から1本、父親から1本の染色体を受け継ぎます。変異がどちらの染色体で生じているかを解析することを、ここでは変異の染色体背景解析と呼ぶことにします。


(注2)ショートリードシークエンス技術、ロングリードシークエンス技術
数百塩基の配列を高精度で解読することができるショートリードシークエンス技術は、点突然変異の検出に優れています。一方、ロングリードシークエンス技術は、塩基読み取り精度はショートリードシークエンス技術に劣るものの、数万塩基と長い塩基配列を解読することができ、染色体規模の構造変化や染色体背景の解析を容易にします。


(注3)フェージング解析:
ゲノム中の一塩基変異の並びの情報をもとに、父親由来の染色体と母親由来の染色体を識別する手法です。

(注4)DNAメチル化
DNAメチル化は、ほとんどがシトシンと呼ばれる塩基に生じます。このシトシンがメチル化されていると遺伝子の発現が促進され、メチル化されていないと遺伝子発現が抑制されます。


(注5)ナノポアシークエンサー:
タンパク質でできたナノポアの中に、DNAやRNAが通る際の電流の変化を読み取ることで塩基配列を決定するシークエンサーです。従来の次世代シークエンサーより、長い塩基配列を読み取ることができます。


(注6)ハプロタイプ:
2本の染色体おのおのの一塩基多型の並びのことをハプロタイプと呼びます。この並びにより、母親由来、父親由来の染色体を識別することができます。


(注7)クロモスリプシス(chromothripsis):
細胞分裂の際に、染色体分配が不適切な形で生じ、これにより複数の染色体断片が同時に誘導されます。これを修復する過程でエラーが生じ、構造変異となったもののことを指します。


8.添付資料:


図1

肺がんゲノムのフェージング解析を駆使した突然変異の染色体背景の解明

 

図1:本研究では、ロングリードシークエンス技術によるフェージング解析を行った。その後、構造変異を含む腫瘍特異的な突然変異の染色体背景を、フェージング情報をもとに解明した。

 

図2

肺がんゲノムのフェージング解析を駆使した突然変異の染色体背景の解明

 

図2:点突然変異の染色体背景とその特徴
ゲノムデータから、点突然変異の存在とその染色体背景を解明し、遺伝子発現、DNAメチル化データを用いて特徴づけを行った。遺伝子発現については、点突然変異が存在しているハプロタイプで亢進していることを明らかにした。DNAメチル化については、点突然変異が存在しているハプロタイプと、もう一方のハプロタイプでメチル化状態が異なる領域を同定し、点突然変異が存在している側のハプロタイプの方が、DNAメチル化状態が低いことを確認した。


図3

肺がんゲノムのフェージング解析を駆使した突然変異の染色体背景の解明

 

図3:複雑な構造変異の染色体背景とその特徴
ゲノムデータから、複雑な構造変異の存在とその染色体背景を解明し、 DNAメチル化データを用いて特徴づけを行った。構造変異が存在しているハプロタイプともう一方のハプロタイプでメチル化状態が異なり、構造変異が存在している側のハプロタイプの方が、DNAメチル化状態が低いことを確認した。

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