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カーボンナノチューブで褐色脂肪組織内の異常を細胞レベルで検出
-腫瘍や臓器・組織の治療研究への貢献に期待-

2018年10月11日

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
国立大学法人 北海道大学

ポイント

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】 湯田坂 雅子 招聘研究員と片浦 弘道 首席研究員は、国立研究開発法人 国立国際医療研究センター【理事長 國土 典宏】研究所 疾患制御研究部 幹細胞治療開発研究室 佐伯 久美子 室長、国立大学法人 北海道大学【総長 名和 豊春】大学院獣医学研究院 基礎獣医科学分野 岡松 優子 講師 らと共同で、リン脂質ポリエチレングリコール(PLPEG)※1で表面を被覆した単層カーボンナノチューブ(SWCNT)※2を近赤外蛍光(NIRF)プローブとして用いて、マウス全身のNIRF造影※3と今回開発したNIRF顕微鏡による組織観察を行った。その結果、絶食させたマウスではSWCNTが褐色脂肪組織(BAT)※4に集積する現象を発見した。また、それが、BATの血管壁透過性が亢進してSWCNTが血管外に漏出するためということを見出した。

SWCNTのNIRFを利用したマウス全身造影とNIRF顕微鏡による細胞レベルでの組織観察は、臓器・組織の異常発見とその機序解明に役立ち、薬剤や治療法の開発への貢献が期待される。なお、この技術の詳細は、2018年9月27日にScientific Reportsにオンライン掲載された。

PLPEGで被覆したSWCNTを尾静脈に投与したマウスの(a、b)BAT部分のNIRF造影像と

PLPEGで被覆したSWCNTを尾静脈に投与したマウスの(a、b)BAT部分のNIRF造影像と(c)絶食マウスのBATのNIRF顕微鏡像

絶食マウスではBATにSWCNTが集積して明るく造影され(b)、SWCNTはBATの血管外に漏出している(c)。正常マウス(絶食なし)では、BATにSWCNTは集積せず、明るく造影されない(a)。

開発の社会的背景

生体組織の細胞レベルでの異常(細胞死、がん細胞浸潤など)の把握は、疾病治療法の研究開発にとって重要であるが、従来の造影剤では分子サイズが小さいため、組織にとどまる時間が短く、解剖して得た組織から異常を読み取ることが困難である。また、その場で観察できる手法が探索されているが、生きた動物から微視的な情報を得ることも、動物が呼吸などにより動くため難しい。

このような中、近赤外光の生体透過性の高さを生かし、近赤外蛍光ナノ物質を用いた生体内造影研究が近年注目を集めている。中でもSWCNTは他の近赤外蛍光ナノ物質と異なり、退色しにくく、毒性も低いため、動物実験を用いた医療関連研究への貢献が期待されている。 また、SWCNTは直径約1 nm、長さ約数十 nm~数 µmと大きいため、組織内にとどまる時間が長く、解剖後の組織観察により異常を発見しやすいと考えられている。さらに、SWCNTの蛍光は、組織の自家発光と波長が異なるため、鮮明なNIRF像が得られる。

研究の経緯

産総研は、SWCNTのバイオ分野での実用化を目指して研究開発に取り組んでいる。特に、SWCNTを使った動物実験用の近赤外蛍光プローブや生体応用に適したSWCNTの分散手法、酸化によりSWCNTの蛍光強度を増大させる技術などを開発してきた(2018年4月19日 産総研プレス発表)。また、MPCポリマーの一種であるPMBで表面を被覆したSWCNTを用いるとマウスBATを選択的に造影でき、他の褐色脂肪組織造影剤より鮮明で正確な画像が得られることを明らかにした(2017年3月17日 産総研プレス発表)。

これまで、血管や臓器など大きな部位を造影するための近赤外蛍光プローブとしてのSWCNTの研究開発を行ってきたが、今回、SWCNTを近赤外蛍光プローブとして用いて、細胞レベルでの微視的情報を得る技術の開発に取り組んだ。

なお、今回の研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業 基盤研究(A)「カーボンナノチューブによる褐色脂肪組織の近赤外光造影(平成28~30年度)」、基盤研究(S)「完全制御カーボンナノチューブの物性と応用(平成25~29年度)」による支援を受けた。

研究の内容

これまでSWCNTを用いたマウス体内のNIRF造影では、血管や臓器など比較的大きく肉眼でも見分けられる部位を非侵襲的に造影してきた。しかし、組織内の微視的な異常の情報は得られず医療研究への適用には限界があった。組織内のSWCNTの微視的な分布を細胞レベルで観測するには、近赤外光に対応した光学素子を用いたNIRF顕微鏡が必要である。近年、近赤外光の有用性が知られるにつれ、近赤外光対応の光学素子の開発が進んできたため、今回、近赤外対応対物レンズとCNT励起・観察用ダイクロイックミラー、そして高感度2次元NIR検出器を組み合わせ、空間解像度を数µm程度にあげたNIRF顕微鏡を開発した(図1a)。また、疎水性のSWCNTに親水性を持たせることで、マクロファージに捕獲されないようにPLPEGで表面を被覆したSWCNT(PLPEG-SWCNT)を近赤外蛍光プローブに用いた(図1b)。このPLPEG-SWCNTは水溶液中でほぼ孤立分散する。

図1 今回開発した(a)NIRF顕微鏡と、(b)プローブに用いたPLPEG-SWCNT

PLPEG-SWCNTをマウスに尾静脈投与し、マウスの全身、特にBAT(図2a)を2016年に産総研が開発したNIRF造影装置(図2b)を用いて全身撮影した。この撮影では波長1000 nm以上の蛍光を検出した。正常マウスでは、PLPEG-SWCNTはBATに蓄積せず、NIRF撮影では明るく造影されなかったが(図2c)、マウスを絶食(20時間)させると、何らかの理由でPLPEG-SWCNTがBATに蓄積され、明るく造影された(図2d)。

CNTがBATに蓄積される機序を明らかにするため、PLPEG-SWCNTが蓄積した絶食マウスのBATの組織を今回開発したNIRF顕微鏡(図1a)で波長1100 nm以上の蛍光を観察すると、BATの血管からPLPEG-SWCNTが漏れ出て、組織内に拡散していた。絶食によりBATの血管壁透過性が亢進するこの現象はPLPEG-SWCNTによって初めて捉えられた現象である(図2e)。他に、同様の機能を持つプローブは見当たらず、PLPEG-SWCNTは細胞レベルでの異常を検知するのに優れたプローブであるといえる。さらに詳細に調べるため、BATを鍍銀染色し通常の光学顕微鏡や電子顕微鏡で観察したところ、BATで細胞や血管を支えて組織を形作っている結合組織であるコラーゲン線維が脆弱化していることがわかった。絶食マウスのBATでは、コラーゲン分解酵素の1つであるMMP3の発現が亢進していたことから、絶食によるBATの血管壁透過性亢進は、血管を裏打ちしているコラーゲン線維の脆弱化に起因すると推察される。

今回、PLPEGを被覆剤として用いたが、PLPEGに含まれるポリエチレングリコールは生体親和性がよいためPLPEG-SWCNTの免疫系細胞による捕獲を阻止できる。また、タンパク質などの非特異的吸着も避けられるためプローブのサイズが大きくなることもなく、体中の毛細血管にくまなく到達する。そのため、血管異常を伴う異常であれば、どこで起こってもPLPEG-SWCNTを使って場所を特定でき、さらに異常原因を明らかにして適切な治療を施せる可能性がある。また、組織内の細胞レベルでの微細な構造変化が検知できるため、PLPEG-SWCNTを用いた体内のNIRF造影と組織のNIRF顕微鏡観察が、未知の生体組織の微細な構造変化の発見や、その生理的意義の解明に貢献できる可能性がある。

今後の予定

今後はNIRF顕微鏡を改良し、PLPEG-SWCNTの細胞レベルでの微細分布解明の精度を高める。また、がん治療研究に役立つことを目指して、腫瘍構造の細胞レベルでの解明に今回開発した技術を適用していく。

用語の説明

  1. リン脂質ポリエチレングリコール(PLPEG)
    リン脂質ポリエチレングリコール(PLPEG)は水溶性ポリマーの一種であり、今回用いたPLPEGは炭素数17のアルキル鎖2本と分子量約5000のポリエチレングリコールがリン酸基を介して結合している。PLPEGはドラッグデリバリーシステム用リポソームミセルの構成成分として使用されている。PLPEGは、疎水性のアルキル鎖がSWCNTに吸着し、ポリエチレングリコール部分が最表面に出て、PLPEG-SWCNTに親水性をもたらすと考えられる。
  2. 単層カーボンナノチューブ(SWCNT)
    単層カーボンナノチューブ(SWCNT)は炭素原子からなる、直径約1 nm(1ナノメートル:10億分の1メートル)程度の円筒状物質で、黒鉛と同じく6角形のネットワークによってできている。6角形の並び方の違いで、半導体的性質を示したり、金属的性質を示したりする。金属型と半導体型は、直径がほぼ同じであっても、全く異なった光吸収スペクトルを示す。1 nm程度の直径の半導体型SWCNTは、生体透過性の高い近赤外光の蛍光を発する希な素材であり、小動物の血管造影などに利用されている。
  3. 近赤外蛍光造影(NIRF造影)
    700~1600 nmの波長の光は近赤外光と呼ばれていて、赤外光と可視光の間の波長領域となっている。この波長領域の光は生体透過性が高く、検査などに役立つと考えられているが、この波長領域で発光する物質がほとんどなかったため、発光による体内造影技術が発展してこなかった。最近はナノ粒子開発が進み、近赤外領域に発光を持つ物質も知られるようになったが、カドミウムなど有害物質を使う点が問題となっている。SWCNTは、数少ない近赤外蛍光を発する物質の一つであり、また、炭素だけからなるため、有害重金属を用いたものに比べて毒性が低く、近赤外蛍光による動物体内造影に適している。
  4. 褐色脂肪組織(BAT)
    褐色脂肪組織(Brown Adipose Tissue: BAT)は、哺乳類でみられる脂肪組織の一つ。脂肪を燃焼させて熱を産生する機能を持つため、肥満やそれに関連する病の発症を予防・治療するためのターゲットとして期待され、近年盛んに研究されている。げっ歯類では肩甲骨間部などに、ヒトでは頸部・腋窩・傍椎体部など、体内の特定の部位に局在する。マウスではコンピューター断層撮影法(CT)を用いた方法が、ヒトでは陽電子放射断層撮影(PET)とCTを組み合わせた方法(PET-CT)により、BAT造影が行われているが、いずれも選択性や感度の点で課題が残されている。また高額な機器を使用するための経済的問題、検査対象への放射線被爆の問題などの課題がある。一方、光学的技法による簡易なBAT検出法も提案されている。
    産総研、国立国際医療研究センター、北海道大学、東京大学の研究グループは2017年に、SWCNTをリン脂質ポリマー(http://www.mpc.t.u-tokyo.ac.jp/s-innova/technologies.html)で被覆するとBATの毛細血管内皮細胞に集積し、BATが鮮明に造影されることを明らかにした。
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