初めて高血圧関連遺伝子とDNAメチル化との関わりを同定|国立国際医療研究センター研究所

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2015年9月22日

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター

米国科学誌『Nature Genetics』掲載予定

要旨

国立国際医療研究センター研究所 遺伝子診断治療開発研究部 加藤 規弘 部長らのグループは、大阪大学、九州大学、愛知学院大学、島根大学、愛媛大学、京都大学、名古屋大学等の研究者とともに、International Genetic Epidemiology Network for Blood Pressure (iGEN-BP)における多施設国際共同研究として、人種横断的な大規模ゲノムワイド関連解析(用語説明①)を行い、その研究成果が国際的科学誌『Nature Genetics』に掲載されることとなりました。先行オンライン版は日本時間9月22日午前0時に掲載されます。

今回の研究の主な成果は以下の点です。

  1. 血圧(高血圧)という、世界的にみて最もありふれた、そして重要な生活習慣病指標(疾患)に関して、最初の、三人種横断的な大規模ゲノムワイド関連解析を実施し、新規のもの12カ所を含む、計52遺伝子座を同定・確認した
  2. 血圧(高血圧)との関連を示す遺伝子座のDNAバリエーション(一塩基多型(SNP)など)は、同時にDNAメチル化(用語説明②)とも関連を示し得ることを初めて見出し、DNAメチル化が、DNAバリエーションと血圧(高血圧)の個人差とをつなぐ分子機序の一
    部を成す可能性が示唆された
  3. 生物統計学的な手法を組み合わせて、新規の12遺伝子座を詳細に調べた結果、その多くは未注目のものであったが、血管平滑筋や腎臓の働きに関係する遺伝子群が血圧(高血圧)の個人差の原因となっている可能性を強めた

本研究の意義として、

  1. 探索的アプローチで同定され得る、遺伝子座と血圧との遺伝的関連において、そのメカニズムの一部はDNAメチル化を介する可能性が明らかとなったことで、新たな予測・診断法や予防法の開発につながると期待される点
  2. 東アジア人とともに他人種も対象とすることによって、解析結果の網羅性と普遍性が高まる点
  3. データ駆動型アプローチ(用語説明③)で得られた知見が生理学的及び疫学的観点からも裏付けられたことで、“高血圧体質”に係る情報の臨床的有用性とその活用の展望が示された点

が挙げられます。

研究の背景

高血圧は心血管病(脳卒中や心筋梗塞)の最大の危険因子であり、その発症に食生活、運動習慣、嗜好品、ストレスなどの様々な生活習慣が影響することが知られています。全世界的にみると、成人の約4人に1人が高血圧と推定されており、最もありふれた生活習慣病です。高血圧の発症に遺伝が関与することは古くから知られており、一般集団中の血圧値分散の30-50%が遺伝要因によって規定されると推測されています。腎臓病や、副腎から分泌されるホルモンの異常など、明らかな原因疾患があって生じる高血圧(二次性高血圧)は比率として小さく、全体の9割以上が原因の不明な本態性高血圧症です。数多くの責任遺伝子が存在し、それらに様々な生活習慣が複雑に絡み合って発症するようですが、親から受け継ぐ“高血圧体質”の基盤を成す責任遺伝子の実体は殆ど不明です。そこで2009年以降、人種単位で大規模コンソーシアムが組織されて、ゲノムワイド関連解析meta-analysisの手法で、血圧(高血圧)の責任遺伝子座を同定しようとする
試みが精力的に為されてきました。その結果、これまでに、合わせて50余りの血圧関連遺伝子座が、欧州人を中心に同定されてきました。しかし、こうして責任遺伝子の存在する大まかな“位置”(すなわち遺伝子座)は見つかっても、塩基配列の並びの違いが、どのような機序で血圧(高血圧)の個人差を生ずるかの実証は、未だ殆ど進んでいません。

研究の内容

人種横断的及び/または人種特異的な高血圧関連遺伝子を見出すため、International Genetic Epidemiology Network for Blood Pressure (iGEN-BP)内の多施設国際共同研究として、東アジア人、欧州人、南アジア人を含む計32万人余を対象に、3段階スクリーニング法でゲノムワイド関連解析meta-analysisを行いました。三人種合わせて解析した結果、ゲノムワイドな有意水準(用語説明④)を満たす遺伝子座を35カ所同定し、加えて、同水準には達しないものの、既報の17遺伝子座で有意な関連を追試確認しました。

従って、今回の研究で高血圧関連遺伝子座といえるものは合計52カ所となります。このうちの12カ所は以前に報告されておらず、新規の高血圧関連遺伝子座です。一方、人種別に解析した結果、さらに東アジア人と欧州人で一つずつ有望な遺伝子座を認めましたが、所定の有意水準には到達せず、本研究のサンプル規模では、人種特異的な新規の高血圧関連遺伝子座を同定できませんでした。

SNPどうしには一定の‘連動性ないし近縁関係’(連鎖不平衡といいます)が存在するため、特定の遺伝子座には、ほぼ同程度に強い統計学的有意性を示すSNPが相当数存在します。このことによって、近傍に複数の遺伝子が位置する場合、何れが責任遺伝子なのか、何れのDNAバリエーションが‘本物’(機能的)なのかが区別できません。本研究では、連鎖不平衡のパターンが、人種によって少なからず異なることなどを利用して精密マッピングを行い、候補となる責任遺伝子(多型)を絞り込みました。これは、しばしば、最も顕著な関連を示すSNPに、位置的に最も近いものを責任遺伝子候補とみなしてきた方法との大きな違いです。こうして注目された遺伝子群には、2つの主要な血圧調節機序(血管平滑筋と腎臓の働き)に関係したものが含まれており、データ駆動型アプローチの有用性・合理性を裏付けています。

動物実験などの基礎研究レベルでは、エピジェネティクス(用語説明⑤)が血圧調節に関わる可能性が示唆されていましたが、それは、あくまで後天的変化によるものであり、DNAバリエーションのような先天的変化が影響する可能性は報告されてきませんでした。依然、間接的な証拠の積み重ねに基づく状況ですが、エピジェネティクス制御の一つであるDNAメチル化が、遺伝子座と血圧との遺伝的関連を説明するメカニズムの一つであることを、本研究のデータは示唆しており、生活習慣病の概念を大きく書き換え得るものです。すなわち、どの遺伝子産物が、どの組織・細胞で、どれくらい作られるかを調節しているのがDNAメチル化であり、それは、生活習慣病の場合、大きく、胎生期の栄養状態と生後の生活習慣によって規定されるものと、これまで考えられてきました。しかし今回、高血圧関連遺伝子座において、DNAメチル化レベル自体が、少なくとも一部分、遺伝的に規定されている可能性が新たに示されたことで、漠然としていた“遺伝—環境相
互作用”の本体の解明に向けて重要な手がかりを得られたと思われます。血圧との有意な関連を示すDNAバリエーションとDNAメチル化との相関は、高血圧の一次的な“原因”でなく、環境暴露による高血圧の“結果”としても生じ得ます。しかし本研究では、複数の人種間(食習慣や居住環境は少なからず異なります)及び胎児の臍帯血(外的環境には暴露されていません)でも、同様に相関が認められ、単なる“結果”ではないことを実証し、因果関係の存在を支持しています。さらに興味深い点は、こうした相関が、血圧(高血圧)に留まらず、他の生活習慣病やその指標(糖尿病、冠動脈疾患、腎機能など)にも、再現性をもって認められたことです。

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総括と展望

ときに「生命の設計図」とも言われるゲノムが決定論的であるのに対して、エピジェネティクスは可変的なものであり、人の一生のなかで変え得るものです。一般に、エピジェネティクスは、ゲノムを修飾することによって影響力を発揮すると考えられてきましたが、本研究で新たに示唆されたのは、DNA メチル化などの制御因子もゲノムにコードされており、エピジェネティクスがゲノム情報を読み出すメカニズムの一つとなっている可能性です。生活習慣病のような多因子疾患では、遺伝病における原因遺伝子変異のケースとは異なり、たとえその一部であったとしても、エピジェネティクスを介して、環境要因を絡めた遺伝的制御が為されているという本研究の知見は、従来からの仮説(用語説明⑥)を一歩前進させ、病気の新たな予測・診断法や予防法の開発に大きなインパクトを与えるものです。

【用語説明】

  1. ゲノムワイド関連解析:特定の集団において、ある遺伝的バリエーション(多型)が、注目する病気の表現型と関連するか否かを検証するのが関連解析(association study)である。ここでいうところの表現型には量的なもの(血圧値など)と質的なもの(高血圧の有無など)とがあり、前者については集団全体を対象とし、後者については(集団の一部である)case群とcontrol群の間の比較により、統計学的有意性を調べる。ゲノムスキャンでは、全く仮説をたてずに「探索する」ため、従来は知られていなかったパスウェイに関わる遺伝子を同定できる可能性がある。ただし、遺伝的効果が比較的マイルドな、高血圧等の多因子疾患のゲノムスキャンにおいて、成否の鍵を握るのは、サンプルサイズ、及びゲノムワイドな多型(特にSNP)情報の網羅性である。ヒトゲノムは32億塩基対から成り、そこに約1500万個のSNPsが存在すると推定されている。これら全てのSNPsを一人ひとり調べることは大変な作業であるが、標識SNPs(遺伝子多型のロードマップの役割を果たすDNA配列の一部分)を中心に調べることで省力化、低コスト化が可能となる。このように絞り込んだ50~250万SNPsを代表セットとして遺伝型決定することで、計算上は、全ゲノムのバリエーションの約90%をカバ
    ーできる。
  2. DNAメチル化:DNAメチル化は細胞の分化や老化、がん化などに重要な働きを持つ。その多くはシトシンとグアニンのホスホジエステル結合(CpG配列)が連続している部分のシトシン塩基の5位炭素原子にメチル基が付くものである(後述するエピジェネティ
    クスを参照)。
  3. データ駆動型アプローチ:予め仮説をたてずに探索し収集した大量データを分析して、根底に存在する真理や法則を明らかにしようとする研究手法。これと対立するのが、仮説検証型アプローチである。
  4. ゲノムワイドな有意水準:膨大な数のSNPのなかから「真の」関連を見出すためには、繰り返し検証する(再現性を確認する)ことで統計学的なノイズ(偽陽性)を除く必要がある。また上述した1500万SNPsどうしには連鎖不平衡が存在するため、約100万種類の独立した検定を繰り返したと想定し、多重検定補正のされたp値 0.05 ÷ 100万 = 5×10-8がゲノムワイドな有意水準として一般に採用されている。
  5. エピジェネティクス:DNAの塩基配列の変化を伴わずに、染色体における変化(主にDNAメチル化と、DNAに巻き付くタンパク質であるヒストン修飾)によって生じる、細胞分化が終わると、細胞が分裂しても安定的に受け継がれ得る表現型のこと。
  6. 従来からの仮説(栄養エピジェネティクス):低栄養などが原因で子宮内発育不全となり低体重で生まれた人には、インスリン分泌やインスリン感受性に関係する遺伝子のDNAメチル化状態に異常があって、それが、出生後に栄養状態が改善されたとしても糖尿病を発症させるという「メタボリッック・メモリー」の維持システムではないかという仮説。動物実験では、これに近い状態が再現されているが、ヒトでも実際に起こっているかは不明である。

発表雑誌

雑誌名:Nature Genetics
論文名:Trans-ancestry genome-wide association study identifies 12 genetic loci
influencing blood pressure and implicates a role for DNA methylation
掲載日:米国東部標準時間9月21日午前11時(日本時間9月22日午前0時)に、先行してオンライン版に掲載予定。

参照 URL

Nature Genetics ホームページ(http://www.nature.com/ng/index.html

本件に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター研究所 遺伝子診断治療開発研究部
部長 加藤 規弘 (かとう のりひろ)
電話:03-3202-7181(内線2896)
E-mail:nokato@ri.ncgm.go.jp
〒162-8655 東京都新宿区戸山1-21-1

取材に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
広報係長:三山 剛史(みやま つよし)
電話:03-5273-5258(直通) <9:00~17:00>
E-mail:tmiyama@hosp.ncgm.go.jp

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