トピック・関連情報の画像

ホーム > トピック・関連情報 > プレスリリース > 初めて東アジア人の高血圧関連遺伝子を同定

2015年4月1日

独立行政法人 国立国際医療研究センター

『Nature Genetics』掲載

国立国際医療研究センター研究所 遺伝子診断治療開発研究部 加藤 規弘 部長らのグループは、大阪大学、国立循環器病研究センター、九州大学、愛媛大学、島根大学、愛知学院大学、名古屋大学等の研究者とともに、Asian Genetic Epidemiology Network(AGEN)における多施設国際共同研究として、東アジア人での大規模全ゲノム関連解析(※1)を行い、その研究成果が英国の科学誌『Nature Genetics』に掲載されることとなりました。先行オンライン版は日本時間5月16日午前3時に掲載されます。

今回の研究の主な成果は以下の点です。

  1. 血圧(高血圧)という、世界的にみて最もありふれた、そして重要な生活習慣病指標(疾患)に関して、非欧州人で最初の大規模全ゲノム関連解析を実施し、新規のもの5つを含む、計13遺伝子座を同定した。
  2. 欧州人と東アジア人の間で共通する部分は多いものの、人種特異的な血圧関連遺伝子座の存在が無視できず、そのうちの少なくとも一部は自然選択(※2)により生じた可能性が示唆された。
  3. 遺伝-環境相互作用(※3)に関わる明確な事例が見出されて、個個人の生活習慣に影響されながら、心血管病の発症リスクは複合的に規定されていることが実証された。

本研究の意義として、

  1. 探索的アプローチにより、多くが未知の(または、これまで注目されていなかった)遺伝子座と血圧との関連が見出されたことから、メカニズム解明の余地は依然として大きく、新たな治療法や予防法、診断法の開発につながると期待される点、さらに、来るべきゲノム医療(※4)を考慮した場合
  2. 東アジア人独自のゲノム解析結果が必要とされる点
  3. 十分に大規模かつ精密な情報を備えた母集団で"遺伝子-環境-病気(健康障害)"の因果関係を明らかとすることにより、個別化健康指導・療養指導への展望が示された点

が挙げられます。

研究の背景

高血圧は心血管病(脳卒中や心筋梗塞)の最大の危険因子であり、その発症に食生活、運動習慣、嗜好品、ストレスなどの様々な生活習慣が影響することが知られています。全世界的にみると、成人の約4人に1人が高血圧と推定されており、最もありふれた生活習慣病です。高血圧の発症に遺伝が関与することは古くから知られており、一般集団中の血圧値分散の30-50%が遺伝要因によって規定されると推測されています。腎臓病や、副腎から分泌されるホルモンの異常など、明らかな原因疾患があって生じる高血圧(二次性高血圧)は比率として小さく、全体の9割以上が原因の不明な本態性高血圧症です。

数多くの責任遺伝子が存在し、それらに様々な生活習慣が複雑に絡み合って発症するようですが、親から受け継ぐ"高血圧体質"の基盤を成す責任遺伝子は殆ど不明です。また降圧効果の優れた薬物が開発されてはいますが、降圧薬の真の恩恵を受けている患者さんは未だ一部分であり、高血圧が原因となって生ずる大半の心血管病は十分に予防できていません。全人口ベースで一律に正しい生活習慣を遵守してもらうことは必ずしも容易でなく、個別化して健康指導・療養指導することの方が効果的であろうと考えられています。こうした状況のなかで血圧(高血圧)の責任遺伝子座を同定しようとする試みが精力的に為されてきました。

2009年には欧州人の2つの大規模コンソーシアム(※5)が全ゲノム関連解析meta-analysis の手法で、合わせて13の血圧関連遺伝子座を同定し大きな注目を集めました。

研究の内容

欧州人での研究報告を受けて、東アジア人における高血圧関連遺伝子を独自に見出すため、Asian Genetic Epidemiology Network (AGEN)(※6)内の多施設国際共同研究として、日本人、韓国人、中国人を含む計5万人余を対象に、3段階スクリーニング法で全ゲノム関連解析meta-analysis を行いました。ゲノムワイドな有意水準(※7)を満たす遺伝子座を10カ所同定し、加えて、同水準には達しないものの、欧州人で報告された3つの遺伝子座での有意な関連を追試確認しました。従って、今回の研究で、東アジア人の高血圧関連遺伝子座といえるものは合計13カ所となります。このうちの5つは欧州人で以前に見つかっておらず、新規の高血圧関連遺伝子座です。上述した、欧州人の2つの大規模コンソーシアムが報告したもののうち、東アジア人で統計学的有意性の確認されたものは7遺伝子座であり、残りの1つが既知のアルコール代謝酵素ALDH2(※8)遺伝子座でした。

東アジア人で同定された13遺伝子座のうち、9つは、機能未知ないしこれまで注目されていなかった遺伝子の近傍、あるいはタンパクコード遺伝子が存在しない箇所です。確証に向けて、さらなる解析を必要としますが、責任遺伝子ではないかと考えられるもののなかには、ST7L (suppression of tumorigenicity7like)という、一見、血圧制御とは無関係な遺伝子も含まれており、成因的メカニズム探究の端緒になるのではと期待されます。
ALDH2の活性を規定している遺伝子多型(Glu504Lysのアミノ酸置換を生ずる)が、東アジア人における今回の解析で、最も強い遺伝的効果を示すことが判明しました。不活性型(504Lys)の対立遺伝子を有する場合に、飲酒行動が抑制される(下戸になり易い)ことがよく知られていますが、欧州人には、そのような人が殆どいません。〔日本人では4割近くの人が不活性型を持っています。〕活性型(504Glu)は不活性型に比べて、血圧上昇、血糖上昇、BMI増加傾向〔いずれも動脈硬化促進〕を示す一方、LDL(悪玉)コレステロール低下、HDL(善玉)コレステロール上昇傾向〔動脈硬化抑制〕を示します。さらに冠動脈疾患(及び心筋梗塞)の発症リスクは大きく低下するため、恐らく差し引きした結果として、後者の"動脈硬化抑制"の作用が優位になるのだと推測されます。

こうしたALDH2多型の遺伝的効果は、飲酒によって顕在化し、遺伝-環境相互作用に関わる明確な事例です。両親から一つずつ受け継いだALDH2の対立遺伝子がともに活性型の人は、体質的に飲酒が可能であり、適量レベルであれば、血圧上昇効果があっても心筋梗塞に対しては予防的効果を示すと言えそうです。ただし、実際には、血圧だけでもALDH2以外に数多くの遺伝子座が関わり、他の代謝形質、そして心筋梗塞自体にも同様に数多くの遺伝子座が関わるため、「総合効果」の観点で"遺伝要因と生活習慣(この場合、飲酒)及び心血管病の関わり"を検討したうえで、個別化健康指導・療養指導に活かしていく必要があります。

ALDH2

今回の研究で、遺伝子多型の系統樹的解析及び自然選択(用語説明2)の検討を行ったところ、ALDH2 遺伝子多型は、恐らく(気候、食事など)何らかの選択圧により、東アジア人に特異的に定着したものであることが裏付けられました。欧州人で報告された遺伝子座リストとの重なり具合も考慮すると、同じ高血圧とはいっても、人種特異的な要因の存在することを十分考慮せねばならないでしょう。

用語説明

  1. 全ゲノム関連解析:特定の集団において、ある遺伝的バリエーション(多型)が、注目する病気の表現型と関連するか否かを検証するのが関連解析(association study)である。ここでいうところの表現型には量的なもの(血圧値など)と質的なもの(高血圧の有無など)とがあり、前者については集団全体を対象とし、後者については(集団の一部である)case群とcontrol群の間の比較により、統計学的有意性を調べる。ゲノムスキャンでは、全く仮説をたてずに「探索する」ため、従来は知られていなかったパスウェイに関わる遺伝子を同定できる可能性がある。遺伝的効果が比較的マイルドな、高血圧等の多因子遺伝疾患のゲノムスキャンにおいて、成否の鍵を握るのは、サンプルサイズ、及び全ゲノムの多型(特に一塩基多型(SNP))情報の網羅性である。ヒトゲノムは32億塩基対から成り、そこに約1500万個のSNPsが存在すると推定されている。これら全てのSNPsを一人ひとり調べることは大変な作業であるが、標識SNPs(遺伝子多型のロードマップの役割を果たすDNA配列の一部分)を中心に調べることで省力化、低コスト化が可能となる。このように絞り込んだ50から100万SNPsを代表セットとして遺伝子型決定することで、計算上は、全ゲノムのバリエーションの約90%をカバーできる。
  2. 自然選択(説):生物の進化を説明するうえで根幹を成す理論。厳しい自然環境が、生物に無作為に生じる突然変異を選別し、進化に一定の方向性を与えるという説。しかし、自然選択による進化は必ずしも長期的・永続的なものでなく、目前の環境への適応のために生ずる。
  3. 遺伝-環境相互作用:ヒトの行動形質や病気の多くは、異なる程度に遺伝子の影響を受けているように見えるが、殆どのケースは環境の影響から独立していない。すなわち、遺伝子と環境の間に相互作用が存在する。特に、ある環境に曝されることで、遺伝子の影響が増幅される場合、その同定を効率的に行うためには相互作用を考慮した分析が必要となる。
  4. ゲノム医療:ゲノム情報を利用して個個人に合わせたきめ細やかな健康指導/医療を行うこと。ゲノムは遺伝子(ヒトでは約22000種のタンパクコード遺伝子を含む)のセットを表し、狭義にはDNA塩基配列という文字情報であるが、広義には遺伝子の情報までを含む。したがって、ゲノム情報といった場合、発現したRNAやタンパク質の挙動を含めて検討していく必要がある。ゲノム情報の利用により、病気の成因・進展に関わる遺伝子が同定されれば、それを標的とした治療法開発(創薬含む)、診断法開発(バイオマーカーの開発など)に貢献でき、医療の個別化が進むと期待される。
  5. 欧州人の2つの大規模コンソーシアム:2009年に3万から4万人の欧州人を各々対象とした、高血圧/血圧値に関する全ゲノム関連解析meta-analysisの結果が同時に2つ報告された。(Newton-Cheh et al. & Levy et al. Nat Genet. 2009)
  6. Asian Genetic Epidemiology Network:高血圧、糖尿病、肥満などの心血管病に関連した形質に関するゲノム疫学研究のアジア人コンソーシアム。日本、韓国、中国、台湾、シンガポールなどの研究グループから成る。
  7. ゲノムワイドな有意水準:膨大な数のSNPのなかから「真の」関連を見出すためには、繰り返し検証する(再現性を確認する)ことで統計学的なノイズ(偽陽性)を除く必要がある。また上述した1500万SNPどうしには一定の'連動性ないし近縁関係'(連鎖不平衡という)が存在するため、約100万種類の独立した検定を繰り返したと想定し、多重検定補正のされたp値0.05÷100万 = 5×10-8がゲノムワイドな有意水準として採用されている。
  8. ALDH2 (aldehyde dehydrogenase 2):飲酒後エタノールが一段階酸化されてできるアセトアルデヒドをさらに酸化して酢酸にする酵素。ALDH2の欠損はALDH2遺伝子の点突然変異によるものと考えられており、ALDH2欠損者においては、飲酒後、血中アセトアルデヒド濃度の上昇により、フラッシング反応(顔面紅潮、動悸、悪心、低血圧等)が見られる。

発表雑誌

雑誌名:Nature Genetics
論文名:Meta-analysis of genome-wide association studies identifies common
variants associated with blood pressure variation in east Asians

参照URL

Nature Genetics ホームページ(http://www.nature.com/ng/index.html(外部リンク))

本件に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター研究所 遺伝子診断治療開発研究部
部長:加藤 規弘 (かとう のりひろ)
電話:03-3202-7181(内線2896)
E-mail:nokato@ri.ncgm.go.jp
〒162-8655 東京都新宿区戸山1-21-1

取材に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
広報係長:西澤 樹生(にしざわ たつき)
電話:03-3202-7181(代表) <9:00~17:00>
E-mail:press@hosp.ncgm.go.jp

トピック・関連情報
国立国際医療研究センター
CASTB
シスチノーチの広場
ページの先頭へ戻る