トップページ > 学生・教育について > 若手研究者の声 > 留学体験

2015年12月1日

分子代謝制御研究部
上級研究員 飯田 智

初めまして。2015年4月より分子代謝制御研究部、上級研究員として着任しました飯田智と申します。この度、若手研究者の声執筆のご依頼を頂きましたので、私が留学先で行った研究や海外での生活、感じた事について書かせていただこうと思います。

私は2006年に大阪大学で博士号を取得後、2年間国内でポスドクをし、2008年からアメリカのロックフェラー大学へ留学しました。2008年までは白血球の分化の分子機構に関して、転写因子C/EBPaに注目して研究を行っており、その過程で転写制御という現象をより詳細に研究したいという希望を持つようになりました。そして、長年にわたり転写研究を行っているロックフェラー大学のRobert G. Roeder博士の研究室にアプリケーションレターを送り、幸運にも受け入れてもらえる事になりました。国内でなく、海外留学を希望した理由としては、Roeder研究室の行っているin vitroで転写を再構成し解析するという手法を駆使して研究をしてみたかった、有名教授の下へ行けば自分でも有名ジャーナルに論文を掲載できるかもしれないという甘い(しかし間違った)期待、凄まじい勢いで論文を量産するアメリカサイエンス界が日本とどう違うのかという興味、など様々ありますが、ただ外国に対する興味とか、今までと全く違った意思疎通さえままならない環境で研究に挑戦してみたかったというような理由もあったりします。

アメリカでの研究は、ラボに試薬注文を取り仕切るラボマネージャー(かなりの権力者)がいるとか、細胞培養のベンチ内にバーナーがないといったいくつかの違いはありましたが、設備面や実験手技・手法に関しては大きな違いはありませんでした。ただ、試薬の値段は日本の同じものよりもだいぶ安く、ものによっては倍から数倍違うので、その点は日本にとって不利な点ではないかと思いました。環境面で最も恵まれていたと感じるのは、やはり質の高いセミナーの多さです。ロックフェラー大学や近隣の研究所・大学では有名科学者から直近に大きい仕事をまとめた若手まで、世界中の科学者による大小様々なセミナーが毎日のように開催されていました。また、そういったセミナーではまだ論文未発表のデータが話されることが多々あり、最新の科学に生で触れられるのは非常に楽しく刺激的で、幸せな研究環境であったと思います。このような科学コミュニティーの大きさ・近さ(密さ)はアメリカサイエンス界の大きな強みであるように感じると同時に、島国である日本の弱点であるようにも思えました。セミナーを数多く聞いて感じたのは、アメリカで教育を受けた研究者はプレゼンがうまく、誰に対しても物怖じせずに自分の意見を言える人が多いという事です。翻って、自分を含め日本人は謙譲の心を重んじるので、あまり大きい事を言うのが苦手な傾向にあり、それがプレゼンや議論の場では邪魔になる事もあるように思います。しかし、それは同時に自分の実験結果を(衆人の批判に耐えうるか)厳しい眼で見るということでもあり、それが日本人の出すデータの信頼性にも結びついているのかとも思いました。もちろん、日本人研究者の中にもいろいろな人がいますが、そのように「日本人」というものの良い面悪い面を外側から考えられた事、そしてその良い面を伸ばし、悪い面を改善してゆきたいという気持ちになれたのは、留学経験を通してだと思います。

Roeder研究室で私は、褐色脂肪細胞特異的タンパク質であるPRDM16という転写関連因子についての研究を行いました。褐色脂肪細胞は脂肪細胞の一種で、エネルギーを積極的に消費するというユニークな性質を持つ事から、肥満や糖尿病などの代謝性疾患の治療へ応用できるのではないかと期待されている細胞です。PRDM16は褐色脂肪細胞の運命を決定する因子として同定されましたが、褐色脂肪細胞内でどのように転写制御に関わるかはわかっていませんでした。私は生化学的手法を用いて、PRDM16がMediatorと呼ばれる転写因子と直接結合するタンパク質複合体と結合する事を明らかにし、その結合が褐色脂肪細胞特異的遺伝子の転写制御に重要である事を論文に報告しました。

留学先での仕事が形になった頃、現在の職の募集を目にしました。私は研究を開始して以降、一貫していわゆる「基礎研究」に従事し、応用面を考える事はあまりありませんでしたし、留学先でも生化学という応用研究とは比較的に遠い位置にある研究手法を学びました。しかし、留学先での研究テーマが褐色脂肪細胞という臨床応用が期待されているものであった事から、病気で苦しむ人に役立つような研究というようなものが少しずつ頭の中で芽生え、今回国際医療センターの募集を見たときに、これまでの基礎研究の経験の中で得た手技・知識で応用研究に取り組んでみたいと考えました。まだ慣れていない部分も多いですが、臨床応用にどのように貢献できるかという事を常に意識して取り組み、自分のバックグラウンドを活かしたオリジナルな研究ができるよう努力してゆきたいと思います。

最後に、留学して一番感じたのは、外国人と分かり合う事の難しさです。「外国人」という言い方は適切ではないかもしれませんが、言語が違い、文化が違い、常識が違う人同士が心底分かり合うのは不可能なのではないかと感じました。しかし、全てを分かり合えなくとも、共通の趣味や興味があれば部分的には共感する事ができます。そのような、バックグラウンドが異なった人と共感できる事、これは自分にとってとても楽しく、非常に嬉しい事でした。共感が快感である事を知りました。そしてそれが、サイエンスの事、自分の仕事であったら、最高です。世界は広い。私はここ国際医療センターで、自分の仕事を通して世界中の人と共感できる、そのような仕事をする事を目標に研究に励んでゆこうと思っています。

若手研究者の声
国立国際医療研究センター
CASTB
シスチノーチの広場
ページの先頭へ戻る